久津輪雅さんの本、『ゴッホの椅子』(誠文堂新光社、2016年)が発売されました。
久津輪さんは、グリーンウッドワークの本場イギリスで木工を習い、家具職人として働いていた経験もあり、現在は岐阜県の県立森林文化アカデミーで、学生や仲間たちと近くの木を切ってきて、機械を使わず、手工具だけで生木を削って椅子をつくる活動をしています。
あるとき久津輪さんは、同じやり方でつくった、「ゴッホの椅子」という外国製の古い椅子があることを知り、自分たちもつくってみたいと調べ始めました。
すると、濱田庄司がこの椅子を制作するスペインの村を訪ねて日本に紹介したこと、黒田辰秋をはじめ、多くの民藝運動にたずさわった人たちに、この椅子が愛されたこと、この椅子が各地の民藝館に残っていること、黒田辰秋は濱田庄司に勧められて、椅子をつくっている村を二度も訪ね、たくさんの制作過程の写真を残していることなどがわかってきました。
『ゴッホの椅子』は、それらをたくさんの写真とともに紹介した、貴重な記録本ともなっています。
「ゴッホの椅子」は、ゴッホの絵に描かれた椅子なので、そう呼ばれました。
1888年、フィンセント・ファン・ゴッホは、若い仲間たちが共同で生活し、制作する場をつくろうとアルルに家を借りました。そして、呼びかけに応じたゴーギャンと二ヵ月間暮らしを共にしましたが、すぐに破たんしました。
この絵は、そのときのアルルのゴッホの寝室を描いたものです。
濱田庄司は1963年、アメリカ、メキシコ、スペインなどをめぐる十ヶ月の旅をしていて、スペインの南部アンダルシアのグアディス村で、この椅子が制作されるのを見ました。
このときの様子が、『世界の民芸』(濱田庄司、芹沢銈介、外村吉之助著、朝日新聞社、1972年)に、「田舎の椅子」として紹介されています。
細長い薪のような木を背に積んだロバが来て、子どもが庭先へ投げおろすと、一人の男がすぐえり分けて、椅子用の長い後脚、短い前脚を見立て、両手に柄を握ったカンナで皮をはぐ。見本の寸法に合わせて横桟を差し込むための孔をあける。やや幅広に削った背受け用、細めに削った脚止用と、目を離す間もない速さで組上げる。ナマ木なので、丸い孔へ角立って削られたままの横桟が水をふいて叩きこまれる。乾くうちに強く締まる。時計で計ると、一脚の骨組みの仕上がりにちょうど十五分。八脚くらいできると子どもはロバの背につけて草で座を編む。
さて、私の持っている生木の椅子は、生木を削っただけのものではなくて、轆轤で引いたタイプです。
濱田庄司が持ち帰った、約5000点の椅子は、翌年の1964年に、日本橋の三越で「スペイン展」が開かれ、約4500点がこの会場で売られました。
展示の中には、材を轆轤で引いた、私の持っている椅子と同じ椅子もあります。
1964年に一般人の海外渡航解禁されたとはいえ、当時のデパートでの海外物産展は、外国をかいま見る、ほぼ唯一の窓口でした。
私がこの椅子を買ったのも、1964年ごろです。
どうして、既製服の「すずや」に置いてあったのか謎でしたが、もしかしたら、三越のスペイン展で椅子を買ってきて、並べていたのかもしれません。
今ではあり得ないような話です。
椅子の上に乗っているミニチュアの椅子は、フランスの古いものですが、これも姿からして、スペインでつくられたものかもしれません。
小さいながら、座面にラッシュが手慣れて張ってあります。
ラッシュとは、ガマ(Cattail)、トウモロコシ、ブルラッシュ(Bull Rush)などの葉を撚ってコード状にしたものの総称です。
椅子は、轆轤で引いてはありますが、芯持ち材ですから、細い枝だったのでしょう。
『ゴッホの椅子』の巻末には、「ゴッホの椅子」の作り方が、たくさんの写真や図面とともに詳しく紹介してあります。
岐阜が近かったら、講習を受けたいところですが、もしかしたらスペインの職人さんは十五分で一脚つくったという話ですから、一泊すれば完成品を持って帰れるのかもしれません。
ちなみに、スペインではポプラでつくっていますが、日本ではいろいろな木、ヒノキなどでつくり、座面はイグサ紐を使っているそうです。
8 件のコメント:
椅子の話ですが、
長女が現役時代第〇生命の内勤で本社は日比谷にある元GHQです。
上京時マックが使用した椅子に座れましたが
私の足が床にとどきませんですた。
今は日本人も足長になりましたね。
すごーい。ひとつの椅子に歴史や物語が秘められているのですね。
座ってみたいです(*^_^*)
味わいある椅子ですね!座面が切れたりしないんですか?学生の春さんは何でこの椅子を買ったんですか?椅子は結構いい値段ですし、実家にいたらなかなか椅子を自分で買おうって状況にならないですよねぇ。当時から椅子好き(笑)?
昭ちゃん
マックって、もしかしたらマッカーサー?
だったら、昭和天皇と比べても、あーんなに背が高い!日本人が床に足が届くわけないじゃないですか(笑)。でも、スペインやイタリア、フランスの人も、当時は背は低かったでしょう。デンマークに行ったら、若者は大女大男ばかりでしたが、昔は小さかった最近の状況だそうです。
スペインの椅子、低くて座面も小さいですよ。きっとアメリカ人だったら、お尻が乗らない人もいっぱいいるでしょう。
mmerianさん
歴史や物語の詰まっている椅子って、もしかして我が家の椅子のこと?『ゴッホの椅子』には、いろいろな人と椅子のかかわりが書いてあって面白いです。とくに、黒田辰秋や河合寛次郎などの子孫(子どものころからゴッホの椅子を使っていた)の椅子にまつわる話など、丁寧に集めてあって面白かったです。
hiyocoさん
ラッシュは強いです。このあたりの木工家のお話だと、紐がつぶれていい具合に馴染んで詰まっていく。ただ、最近はトラが爪をとぐので、座面に小さな毛布を畳んで置いています。
学生時代から民具が好きだったんでしょうね(笑)。あまり無駄遣いをしませんでしたが、アルバイトをして旅行に出たら郷土玩具や民具を買って、有り金を使い切っていました。
椅子は2,000円くらいだったかな?月にそのくらいお小遣いをもらっていましたから、びっくりするほどの出費ではありませんでした。
でも、洋服屋さんで服を見ないで椅子を買ってくるって、やっぱり変かしら(笑)。もっとも、学生時代に買ったのは、藁の椅子を除けば、あの椅子だけです。京都大原で、藁で編んだ椅子も買いました(^^♪
エマニエル夫人から西部劇の小道具「椅子」いいなー
就職して初めてもらった机と椅子に緊張しました。
硬軟揃えたお話です。
昭ちゃん
エマニエル夫人の椅子も素敵な椅子でしたね。ガウディーの椅子とか、ヘーリット・トーマス・リートフェルトの赤と青の椅子とか、ときおり激しく心惹かれますが(笑)、先立たないし、あれば邪魔になるしで、椅子はできるだけ小さいものがベストです。
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