2015年9月20日日曜日
瀬戸の白猫
骨董市で、
「今日は招き猫があるよ」
と、おもちゃ骨董のさわださん。
「こういうの、持ってるよ」
「古いものだよ、一つ500円は安いでしょう?」
「古くないじゃない」
と言っていると、隣のお店のあまやさんが、身を乗り出しました。
「この形は瀬戸にしかないやつで、古いものだよ」
「でも流し込んでいるじゃない。戦後のものよ」
と言うと、あまやさんが目をむきました。
そうか、考えてみれば戦後もう70年、戦後のものでも古いものであるとも言えます。
「あまやさんが見つけて来たんだけど、右手挙げ、左手挙げ、セットだといいでしょう。でもこれが最後だよ、もう左手挙げしか残ってないんだ」
さわださんとあまやさんは仲良しで、いつも相手の得意分野のものを仕入れると、融通し合っています。
「型は戦前のものかもしれないね」
確かに、前垂のひだなど、細かく浮き彫りになっています。
ただ、流し込みと貼りつけでは、型のつくり方が違います。とても精巧にできている、戦前の猫から型を起こしたのかもしれません。
家にも、似たのがあると豪語したのに、帰って比べてみたら、もとから持っていたのは、比べようもなく貧弱なものでした。
手は、身体にべったりくっついていて、目は輪郭線がなくて窪みだけ、髭穴もなければ、前垂もなく、鈴もただ突起しているだけでした。
土をドロドロにして型に流し込んでつくる技術ができてから、招き猫や磁器人形は大量生産が可能になり、土の量はとても少なくてすむようになりました。
型に、手で押しつけて成形したものと、流し込んだものとでは、重さがまったく違います。流し込みの技術がなかった頃は、もっと小さい猫だと無垢、あるいは無垢に近いものもあり、小さいくせにずっしりと重いのです。
やがて、常滑系の猫の流通によって、瀬戸の猫も顔が丸くなります。
自分の棚をよく見ると、この時代(戦後すぐ)の瀬戸の猫はほとんど持っていませんでした。
ところで、その日のあまやさんの品揃えは、琺瑯のジャグや大小の計りなどの台所用品。イギリスや東欧の琺瑯が多い中、パキスタンの琺瑯ポットも混じっていました。
毎回、品物の趣向ががらっと変わり過ぎるあまやさん、いつも売れているのかなぁと、他人ごとながら心配してしまいました。
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4 件のコメント:
招き猫の関する記事を拝見して思いだしました。最近「○○事典」のような新刊が出たのですね。でもその本の今戸に関する部分についていうと、採りあげ方に進展がなく、S家についての記事の量が増えただけ、という印象です。執筆する人の関心によるんだからしょうがないとは思いますが、昔の今戸の招き猫に関する認識はこの本によっては高まらないだろうなと思いました。話は変わりますが、件の西沢笛畝の豪徳寺の招き猫を再現したいと思いますが、とにかく実物を見たことがない。どこか古い収集家のコレクションに混ざっていないかと考えていますが、今までのところ動いた範囲では手ごたえがない。そこで伺いたいのですが、あの西沢猫そのもではなくていいんですが、正面右手招きで京都辺りで作ったような感じで頭や体のモデリングがあれに似ているといった感じのものお持ちではないでしょうか。大きさは関係なく、まずは正面招きのモデリングをして少しずつ近づけるようにしたいと思っているのですが、、。もしお心あたりがあったらお教えください。これから北区、鉄砲狐、干支、羽子板市などでどたばたで今すぐではないですが、資料情報はプールしていきたいと思っています。
よろしくお願いいたします。
いまどきさん
難しいですね。いまどきさんがいなかったら、私だってS家のものが今戸焼だと思ったし、豪徳寺猫もかつては今戸で焼いていたなんて、そして安い大量生産品に乗り換えたなんて、夢にも思わなかったと思います。
西沢笛畝さんや、武井武雄さんが生きていらしたらいろいろお話をうかがえたのに、残念です。
さて、京都の右手挙げ猫、全然持っていません。新し目の左手挙げ猫があるばかりです。ただ、日本招猫倶楽部の復刻猫の京都檀王法林寺の猫と、豪徳寺の古作(たぶん京都でつくられた)があるので、各方向から写して後にメールで送ります。
京都の猫はいずれも目がぱっちりしていて、目が笑っていたり、小さめな今戸焼とは雰囲気が違いますが。
画像ありがとうございました。
基本的に招き猫を蒐集するということがなくて(今戸人形関わりだけは別)招き猫のモデリングについて特に他所の正面招きについてはしっかり考えたことがないので、こういう時に基礎がなくて困ります。今すぐは厳しいですが、動き始めたら、またいろいろと御教示いただきたいと思います。ありがとうございます。
いまどきさん
そんな教示なんてとんでもないです。ロクなものを持っていませんから。
私が招き猫を集めはじめたころは、古いものと出逢うすべもなく、系統的に知っているわけでもなく、たまたま出逢った日本招猫倶楽部の会報をむさぼり読んで、また熱が高まる(笑)の繰り返しでした。
招猫倶楽部が招き猫祭りをするようになって、招き猫をつくる人の人口が飛躍的に拡大しましたね。最近の『福の素』を読むと、作家さんたちの応援と招き猫の民族学的、歴史的考察の両輪で行っているようですが、歴史的考察の方は難しそうです。
それはともかく、もとはといえば『福の素』でいまどきさんのことを知ったおかげで、洒脱な今戸人形のことも知ることができました。あのころ、いまどきさんはまだ学校の先生でしたね。私も仕事一筋でした(笑い)。
こちらこそ、ありがとうございます。
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