2024年1月6日土曜日

やっと出逢えた「もの」

私の展示室を見て、
「どのような基準で、ものを集めているのですか?」
と訊く人がいます。
招き猫、郷土玩具、昭和のおもちゃ、籠、刃物、石や種、なんだかわからないものなどなどごちゃごちゃしているので、関心先に焦点が絞れないのでしょう。
一方、私でも一口では説明できないその基準を、一目で見抜いてしまう人もいます。そんな人は、
「どれもつながっていますね」
と面白がってくれます。
25年ほど前、ある雑誌に連載していた文の、「「もの」と人の暮らし」という一文の中に、私はこう書いています。

 だいたい私には、どこへ行ってもなにかしら「もの」に魅せられて連れて帰る悪い癖がある。それが重い石だったり、長い魚捕りのウケだったり、背負子になっている大きなカゴだったり、壊れやすい紙張りの人形だったりするために、持ち帰りには一方ならぬ苦労をしており、それがまた「もの」への愛着を倍加する。
 どこに行っても、「この方向だ」と、匂う方向がある。誘蛾灯に引き寄せられる虫のようにそちらの方向に行ってみると、予想にたがわず私の好きそうな「もの」が、私との出逢いを待ち受けている。私がわくわくするところは、市場、森、田んぼ、村、お寺、デパートなど、ところを選ばない。


私が持っているものの中には、長く探し続けてやっと巡り合ったものもあれば、ビンロウのはさみのように、出逢ってからその存在を初めて知ったものもあります。

20数年前には荒物屋で売られていた、新品のカンボジアの鎌

長く探していたものに、カンボジアと、タイ東北部でもかつては使われていた稲刈り鎌がありました。
タイの農業のことを書いた本に、この鎌の写真が載っていたのを見たのは、たぶん1980年代の半ばだったと思います。その本はどんな本だったか、今回、これだと思って探した本の中には見つかりませんでしたが、同じ鎌の載っている別の本が見つかりました。


『イネのアジア史1、アジア稲作文化の生態基盤』(渡部忠世代表、小学館、1987年)です。


『イネのアジア史』の第1巻、「アジア稲作文化の生態基盤」に載っていたこの絵は、出典が『佛印・泰・ビルマの農機具』(二瓶貞一、1943年)とありました。40の手習いで、私が人類学を学んだとき、東南アジアに関する本は、先生方の蔵書をコピーさせていただいたりしてたくさん読んだのですが、『佛印・泰・ビルマの農機具』は読んだことがありませんでした。

それはともかく、この絵にγ字鎌と描かれている鎌を探して、1980年代半ばからタイ東北部の村に行くたびに絵を描いて見せて、知らないかと尋ねましたが、誰も知りませんでした。後に知ったことですが、タイではその当時、すでにクメール系の人々もこの形の鎌を使ってはいませんでした。
1990年に初めてカンボジアに行く機会がやってきたとき、現地駐在の同僚をわずらわせて、行く先々で市場に足を運び、荒物屋で訊いてみたものの、γ字鎌は見つかりませんでした。ただ、荷台に大勢の農民が乗っているトラックとすれ違ったことがあり、その中の一人がこの特徴のある鎌を持っていたので、カンボジアに存在していることは確信しました。
1998年暮れにプノンペンに赴任し、骨董市場でこの鎌にやっと出逢えたときは、身体がぞくぞくしたものでした。プレーヴェン県出身のカンボジア人が言うには、これはプレーヴェン県周辺だけで使われている形だとのことでした。


のちに、「田んぼの虫の見方」の研修だったかで初めての村に行ったとき、まさかのプノンペンからそう遠くない村の路上で、この鎌を持って歩いていた女性と出会いました。また、プレーヴェン県では荒物屋で売られていたγ字鎌(一番上の写真)を見つけ、γ字鎌が現役だったことを知って嬉しくなったものでした。

『イネのアジア史1、アジア稲作文化の生態基盤』より

さて、手の中にすっぽりと持って稲の穂だけを刈るアニアニも、長く探した鎌でした。アニアニの存在を知ったのは、やはり古い本だった気がします。
インドネシアに行く機会があるたびに、市場や骨董屋、路上の骨董市などで、
「アニアニを知りませんか?」
と尋ねたものの、名前を知っている人も少なく、インドネシアではとうとう見つかりませんでした。


それが、2002年にフィリピンの村に泊めていただいていた時、夕食後、その日に手に入れた籠などを得意になって披露していると、私の民具好きを知ったその家のお母さんがアニアニを取り出してきて、
「うちはもう稲をつくってないから、持ってっていいよ」
と言ってくださるという、奇跡が起きたのでした。

道具はなんでも面白いし、農具も面白い。
田に水を揚げる道具は、1人で使うもの、2人で使うもの、竜骨水車などなど、実際に使っているところを見ることができて、とても幸せでした。2人で使う水揚げ道具は、写真が見つからなかったのですが、長い紐をつけた籠を2人で持ち、ブランコのように動かしながら、低い用水路や池の水をすくって、田んぼに入れるものです。







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