その昔、母と昔話をしていたとき、同じときの同じ経験について話しているのに、お互いに記憶していることはまったく違う、ということが時々ありました。
「あのときはこうだったよね」、「あのときこう言っていたよね」などと言っても、言われた方は思い出したり納得したりするのではなく、「えっ?」と戸惑ってしまうという状況です。記憶の引き出しを探っても、片方が覚えている「そのこと」が片方では記憶の底に沈んでいて、よみがえってこないのです。
そんなとき、人間の記憶には強弱があり、断片的なものしか覚えてないと、改めて認識することになります。人はあることは覚えていても、あることは簡単に忘れてしまうのです。
さて、20年以上前の八郷に来たばかりのころ、Gさんのプレハブの仮小屋(今は自力建設した家に住んでいる)で、タイの籠を見たことがありました。
ココヤシの葉柄で編んだ籠で、私の持っているのは円形で、黄色いビニール紐で綴ってある籠ですが、Gさんの籠は楕円形で、オレンジ色のビニール紐で綴ってありました。楕円形の籠は初めて見たものでした。
「この籠はどうしたの?」
「ああ、もらったブリラムの籠です」
「やっぱりそうだったのね、トンカムのおばさんがつくった籠だ! 私がもらったのは丸い籠よ。丸いのだけじゃなくて楕円形のもあったのねぇ」
私は感慨深く、籠をなでました。
「えっ、この籠は手づくり? そんな貴重なものだったんですか? じゃぁ大切にしなきゃ」
と、そのときGさんは言いました。
床に置いてあった籠には紙屑も入っていたか、あまり大切にされているようには見えませんでした。
あれから20年以上経ちました。
先日Gさんに会ったとき、
「トンカムのおばさんの籠、まだ持っているでしょう? 今度写真に撮らせてね」
と話すと、まさかの、
「えっ、何のこと? ぼくはそんな籠は持っていませんよ」
という返事でした。
私は自分の籠を見せて、
「これと同じつくりだけれど楕円形で、Gさんのはオレンジ色のビニール紐で綴ってあったじゃないの」
と説明しましたが、Gさんは戸惑うばかりです。
「えっ、Sと間違えているんじゃないですか。そんな籠は知らないなぁ」
SくんはGさんの家の近くに住んでいます。
「Sくんなわけないわよ。Sくんはラオスには行っていたけど、ブリラムへ行ったことはないはずだから」
私とGさん、双方とも狐につままれた気持ちでした。
「まぁ、見つかったら写真に撮らせてね」
1週間後に会ったとき、Gさんが開口一番言いました。
「やっぱりうちにはなかった。何か勘違いしたんじゃないですか?」
どうやら、お連れ合いのFさんも覚えてなかったとみえます。
「そうか、残念ね」
「もしかしてMが持っていたのを見たんじゃないですか?」
GさんとMくんは私が働いていたNGOのインターンとして、同じ時期に1年間、それぞれチャイヤプーンとブリラムの村に住み込みました。Gさんは帰国後に定住地を八郷に定めて農民になり、Mくんは今もタイと日本の農民の交流グループに関わりながら、神奈川県の久里浜で居酒屋をやっています。
Mくんとは、Gさんの家や我が家で何度か会っていますが、私はMくんがトンカムのおばさんの籠を持っているかどうか知らないし、持っているとしても見る機会はありません。
「タイからわざわざ持って帰った籠だったら、運ぶのも大変だし、忘れたり粗末にしたりするわけがないじゃないですか!」
「.....」
私には、Gさんのプレハブの仮小屋の床に置いてあった籠が目に浮かぶのですが、Gさんは最後まで私の勘違いだと思っているようでした。
もしかしたら籠はGさんがタイから持って帰ったのではなく、Gさんの家に遊びに来たMくんからもらったものだったのかもしれません。だったら、「何だこの籠」と思って、興味も執着がなかったとも考えられます。
Mくんはインターンの後も、スタッフとして長くタイに関わり、学生時代からの夢だった居酒屋となった今も、タイと深い関係にあります。
ちょっと残念なのは、あの籠に二度と逢えないことです。
もしかしたら、私の幻覚だったのかなぁ?
私は感慨深く、籠をなでました。
「えっ、この籠は手づくり? そんな貴重なものだったんですか? じゃぁ大切にしなきゃ」
と、そのときGさんは言いました。
床に置いてあった籠には紙屑も入っていたか、あまり大切にされているようには見えませんでした。
あれから20年以上経ちました。
先日Gさんに会ったとき、
「トンカムのおばさんの籠、まだ持っているでしょう? 今度写真に撮らせてね」
と話すと、まさかの、
「えっ、何のこと? ぼくはそんな籠は持っていませんよ」
という返事でした。
私は自分の籠を見せて、
「これと同じつくりだけれど楕円形で、Gさんのはオレンジ色のビニール紐で綴ってあったじゃないの」
と説明しましたが、Gさんは戸惑うばかりです。
「えっ、Sと間違えているんじゃないですか。そんな籠は知らないなぁ」
SくんはGさんの家の近くに住んでいます。
「Sくんなわけないわよ。Sくんはラオスには行っていたけど、ブリラムへ行ったことはないはずだから」
私とGさん、双方とも狐につままれた気持ちでした。
「まぁ、見つかったら写真に撮らせてね」
1週間後に会ったとき、Gさんが開口一番言いました。
「やっぱりうちにはなかった。何か勘違いしたんじゃないですか?」
どうやら、お連れ合いのFさんも覚えてなかったとみえます。
「そうか、残念ね」
「もしかしてMが持っていたのを見たんじゃないですか?」
GさんとMくんは私が働いていたNGOのインターンとして、同じ時期に1年間、それぞれチャイヤプーンとブリラムの村に住み込みました。Gさんは帰国後に定住地を八郷に定めて農民になり、Mくんは今もタイと日本の農民の交流グループに関わりながら、神奈川県の久里浜で居酒屋をやっています。
Mくんとは、Gさんの家や我が家で何度か会っていますが、私はMくんがトンカムのおばさんの籠を持っているかどうか知らないし、持っているとしても見る機会はありません。
「タイからわざわざ持って帰った籠だったら、運ぶのも大変だし、忘れたり粗末にしたりするわけがないじゃないですか!」
「.....」
私には、Gさんのプレハブの仮小屋の床に置いてあった籠が目に浮かぶのですが、Gさんは最後まで私の勘違いだと思っているようでした。
もしかしたら籠はGさんがタイから持って帰ったのではなく、Gさんの家に遊びに来たMくんからもらったものだったのかもしれません。だったら、「何だこの籠」と思って、興味も執着がなかったとも考えられます。
Mくんはインターンの後も、スタッフとして長くタイに関わり、学生時代からの夢だった居酒屋となった今も、タイと深い関係にあります。
ちょっと残念なのは、あの籠に二度と逢えないことです。
もしかしたら、私の幻覚だったのかなぁ?
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