2026年6月19日金曜日

ノエミ・レーモンドの建築と意匠


『ノエミ・レーモンドの建築と意匠』の展示会のカタログです。
カメラマンのS.Sさんが、
「絶対観に行った方がいいよ。好きだと思う」
と、1ヶ月ほど前に、この冊子をくださいました。
「行きます!」
と答えたのに、日にちに余裕がたっぷりあったので、行ける日がきっと見つかると思ったのに、病院に行ったり、何かが不具合で連絡してきてもらったり、修理に行ったり、来客があったりとわちゃわちゃ忙しく、とうとう行けないまま展示は昨日で終わってしまいました。


建築家のアントニン・レーモンドとノエミ・レーモンド夫妻は、帝国ホテルの設計施工の助手として、1919年にフランク・ロイド・ライトと共に来日しました。
日本の、木造家屋が軒を連ねている姿や、自然と衣食住の調和した暮らしに感銘を受けた二人は、日本で1922年にレーモンド事務所を設立、以後40年日本に暮らして、数々のユニークな木造建築をつくりました。


すべて、アントニンとノエミの合作でしたが、ヨーロッパやアメリカで培った感性と、日本の暮らしの随所に息づく伝統美を紡ぎ合わせて、独自のスタイルを生み出し、特にノエミの仕事には「和」が感じられました。
二人は、建築とインテリア、家具やテキスタイル、造園などすべてがしっくりと調和した、「総合芸術としての建築」をつくりあげ、たくさんの建築家に影響を与えました。


表紙になっている新潟県の「カトリック新発田教会」のガラスには、あたかもステンドグラスのように和紙を貼って装飾がなされています。
観たかったなぁ。






 

8 件のコメント:

  1. レーモンドは修論のテーマに取りあげた程好きな建築家です。日本の建築界に大きな影響を与えましたが、俗に言う縁の下の力持ちであったノエミ。レーモンドの弟子たちを支えたのもノエミ。その作品から優しさが滲み出ています。戦時中、アメリカに帰国したレーモンドが、焼夷弾?等の効果を確かめる為の日本の町並み再現に協力したとの汚点もあります。ノエミはそれをどの様に見ていたのでしょう。

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  2. reiさん
    展覧会はご覧になりました? 行きたかったなぁ。
    私もレーモンドの建築が好きですが、ノエミは本当に縁の下の力持ちでしたね。彼らは日本が気に入って、難しい時代を日本に居続けましたが、価値観がぶれてしまって、自然と調和した暮らしがすっかり壊れてしまう日本の人々を、どんな気持ちで見ていたのでしょう?
    いつか、新発田の教会に行ってみたいのですが、東京にも行けないのに、新潟まで行けるかどうか(笑)、ちょっと疑問です。

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  3. 展覧会、行ってきました。ノエミレーモンドの建築と意匠、とのことでしたが、私自身が今度家を建てるなら、ノエミに頼みたいなあ~と思わせるような住宅設計でした。建物のみならず家具にテキスタイルに、自然を取り込んでのデザインに、すっかり虜になりました。今のレーモンドが設計した住宅にお住いの伊藤邸の方のお話、ノエミとご縁ある方々がノエミについて語られた動画が3本あり、どれもノエミのノエミらしさが伝わって参りました。住宅でも、教会でも、人が主役となる空間となっている気がしました。竹中が、無料で公開、ということにも、ただただ拍手でした。

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  4. antonさん
    いろいろな事情で行けなかったのを残念に思っているのに、さらに残念がらさないでください(笑)。
    建物が主役ではなく、人が主役になれる空間って素敵ですよね。あと、新築の時より時を経るにしたがって良くなる建築を作れれば最高です。
    ただ、時代が時代だったとはいえ、レーモンド住宅のラワンの合板の多用がちょっと気になります。熱帯林消失の問題を置いておいたとしても、合板を使っていなかったらどうだったのだろうと。
    もっとも、ラワン合板をコストの面や施工の簡単さから仕方なく使ったのではなく、ラワンが好きで好きで使っていた永田昌民さんのような事例もありますが(彼はもしかしてレーモンドの影響を受けていたのかな?)。

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  5. レーモンド夫妻が終戦直後の日本に再来日したのは、日本という国が人が好きだっただからだろうと私なりに思いました。物資もなく瓦礫となったこの国で、少しでも良き住宅設計をと。ラワン合板もきっとノエミなりの理由があるかと。レーモンド事務所のパーティだかの賞品にノエミお手製の銀板を加工したお手製のブレスレットを作って。それが展示されていて。ジョージジェンセンのかと思わせるほどの出来栄えで。所員への愛情を垣間見るようでした。誠実さが伝わってきました。

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  6. antonさん
    当時の日本は居心地が良かったのだと思いますが、モースの文を読むにしろ、レーモンド夫妻のつくられたものを見るにしろ、彼らが見た日本の心みたいなものがとっくに失われてないか、ちょっと考えてしまいます。
    ノエミの家、家具やテキスタイルは、写真からでも誠実さが伝わってきます。ラワンのこと、本人に訊いてみたかったです🎵
    いつか、絶対本物を見に行きたいと思っています!

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  7. https://www.ohkaksan.com/2019/04/21/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E6%95%99%E4%BC%9A/

    ノエミレーモンド、ラワン合板、で検索したところ、こんなサイトが。ラワン合板を使った理由が安価で、、、と少しく。ご本人にお聞きしてみたいですよね。

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  8. antonさん
    情報をありがとう。これは3mmのラワン合板を使っているのですね。使ったからには、いつまでも残って欲しいものです。
    私は1990年代にマレーシアのサラワクのラワン(メランティー、フタバガキ科)の伐採反対運動に関わっていました。サラワクのラワンはフィリピンのラワンに比べると質が落ちたので90年頃まで残っていたのですが、フィリピンのラワンが絶滅したので、サラワクにまで手が伸びてきていました。フィリピンの二の舞にはしたくないとみんな必死でしたが、今ではほとんど残っていません。
    熱帯多雨林は1ヘクタールあたり1300種類の植物がお互いを補完しているという多様な植生の森で、そのうちラワンはたった3本ほど、それを伐採して運び出すために全ての植生はめちゃめちゃにされました。
    何万年もかけて作られたエコシステムは二度と再生されず、熱帯多雨林に依拠して暮らしていた先住民の暮らしが成り立たなくなっただけでなく雨量が減り、地球の水瓶がなくなって地球温暖化や異常気象が促進されました。
    もちろん、レーモンド夫妻の影響で、建築家や建設業者のラワン使用が助長されたというわけではないけれど、当時ラワンを最も消費していたのは日本でした。
    レーモンド夫妻は柱や梁に日本の丸太を素敵に使っているからこそ、手間やコストはちょっと高くなったかもしれないけれど、間伐材か何か使って欲しかったなぁというのが、私のないものねだりでした。

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