2026年9月6日日曜日

やっと読んだ本


『百年の挽歌』(青木理著、集英社、2026年1月)は、発売されてからすぐ買ったのに、なかなか開くことができませんでした。というのも、私は寝る前に本を読む習慣があるので、読んだら到底眠れないだろうと思って手が伸びず、ただ枕元に置いておく日が長く続いたのでした。

2011年3月、福島第一原発のメルトダウンからしばらくして、空中に放出された放射能が、事故後の風雨によって、山を隔てて遠く離れた飯館村に多量の放射能をもたらしていたことが判明しました。
原発近くの、放射線量の高い地域に住んでいた人たちの避難所にもなっていた飯館村には全村避難命令が出ててんやわんや、そんな4月11日から12日にかけた夜半に、農業一筋に生きてきた102歳の大久保文雄さんが自ら命を断ちました。

この本は、その大久保家のお話です。

目次は、

序章 衝撃の朝
1章 美しかった村
2章 交錯する生と死
3章 運命を変えた雨
4章 じいちゃんの生涯
5章 「国策」に殺された兄弟
6章 残された者たちの願い
終章 それでも美しい村

となっています。
文雄さんの弟は、第二次世界大戦のおり、召集されて硫黄島で戦死されています。


第二次世界大戦は、たくさんの死者を出しただけでなく、生き残った人たちにも大きな傷を残しました。その傷を抱えて、しかし明るく土と共に生きてきた文雄さんの悲しみ。そんな文雄さんが原発事故で絶望してしまったことに対して、何ができただろうかと悩む、残された家族たち・・・。

悲しみを抱えて生きなくてはならない人をたくさんつくりながら、経済のためとして戦争に向かったり原発を受け入れようとする昨今の風潮に、なぜ人(や他の生物たち)を殺してもお金や権力が欲しい人たちがいるのだろう、人とは何か、人はそれでもなぜ生きるのだろうなどと、考えずにはいられない一冊です。






2 件のコメント:

  1. 私も読みました。

    あらためて、思い出したこと。。
    「自分が幸せとなるために、誰かが犠牲になっていないかを、よく考えなければならない。」
    いつぞや、浜松の西遠女子学園の平和教育についてテレビの放送があって。この授業で学んだことは?の問いにの、学生の言葉。少しく違っているかもしれませんが、趣旨はこんな感じでです。
    なぜ戦争をするのか。ウクライナ侵攻のこと。誰が得をするのか。戦争だけに限らず、社会すべてに通じ、肝に銘ずべき名言だなあと。温暖化のこともです。

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  2. アントンさん
    自分も化石エネルギーや核エネルギーの恩恵に預かりながら、偉そうなことは言えないのですが、もう一度、いろいろな局面で省エネの方向に舵を切ることはできないかと思ってしまいます。
    過去の人や未来の人には物事の決定権がありませんが、昔の人たちは一人一人が過去の人を敬いながら未来の人のことも考えて生きてきました。
    私たち現代人も、頭の片隅で、過去の人や未来の人、そして物言わぬ生物たちと同席しているつもりで物事を決定したら、もっと希望が見えるかもしれません。

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