2016年6月21日火曜日

足場を外しました


上棟のために、足場屋さんが足場を組んでくれてから五ヵ月経った昨日、足場屋さんがトラック二台で外しに来ました。
「えっ、二人だけ」
てっきり、四、五人は来ると思っていました。
「あっ、そうです」
若いお兄さんたち、にこにこしています。

上棟から五ヵ月、大工さんが集中して建てる家なら、もう完成しているころかもしれませんが、私たちだけで建てているので、あと二年はかかります。
もし、足場を外すのも、二人だけだったら、ゆうに一、二週間はかかるでしょう。


最初のうちは、そう早い感じがしなかったけれど、要所を抑えていたのでしょう、途中から一気に進んでいる感じがしました。
 

二人で連携して外したのはほんのわずか、ほとんど別々に作業して、自分の外したものは自分で上から手を伸ばして降ろしているのですが、下を見ると、ちゃんと鉄パイプの形によって分類してまとめられています。


すっきりしてきました。


とくに、西の妻側は初めてよく見えました。


足場板は足場板、パイプはパイプと、手際よくトラックに積み込みます。
垂直に立てている、二間(360センチ)の長い鉄パイプは、そのまま上に向けて抜きます。もともと重いうえに、長い間重力で下のパイプに収まっていたのだから、よく締まっているはずですが、ちょっと叩いて上に抜き、垂直に立てたまま降ろします。
一本でも重いのに、トラックに積むときは二本そろえて運びます。一間ものの鉄パイプは、七本一度に運んでいました。
男女平等だって?
もし私が若くても、絶対真似できない見事さでした。


午後四時、すべての足場パイプは、二台のトラックにきれいに収まって、足場屋さんたちはさわやかな笑顔を残して去っていきました。









2016年6月20日月曜日

サラワクの 淦汲み

昨日は、もう一つのブログ『私の拾いもの』に「淦汲み(アカクミ)」をUPしました。
アカクミは民具なので、『八郷の日々』にUPしようかどうか迷いましたが、海のものはなんとなく向こうに、という気分があります。


ところで昨夜、夜中に目が覚めました。 
夜中に目が覚めると、いろいろなことが頭に浮かびますが、ふと気がついたら夢だったり、夢だと思ったら実際のことだったり、夢と現実の両方にぼんやりと行き来しているうちに、また眠りに落ちます。
昨夜もそんなことをしていると、マレーシアの、これまで穀物をすくうスコップと思っていたものが、アカクミだったのではないかという考えが、突然浮かんできました。
「あれっ、何からそう思ったんだろう?」
と、そのことにたどり着いた経緯を考えてみましたが、何もかもぼんやりしていて、わかりませんでした。


さて、朝が来て、そのスコップを取り出してみました。
ボルネオ島サラワクの、バラム川岸にある小さな町マルディの市場で見つけたものです。

今では、マルディまでも道ができているそうですが、私がサラワクに行っていた25年ほど前には、陸はすべて熱帯林に阻まれて、交通手段としては、川を走る船しかありませんでした。もちろん、そこに住む先住民の人々は、熱帯林の中を縦横に歩いていましたが。

熱帯林の中を歩けない人は、マレーシアの首都クアラルンプールから、サラワク州の州都クチンまで飛行機で行き、クチンで20人ほど乗れる小型飛行機に乗り換えてバラム川河口の町ミリまで行き、ミリからスピードボートでバラム川をさかのぼり、やっとマルディに到着しました。
ボートの所要時間は、古いことでうろ覚えですが、四、五時間だったでしょうか。
そんなマルディの町に、川沿いに一列に店が並んでいる小さな市場があり、そこで手に入れたものです。


穀物をすくうスコップにしては大きいなと思っていたのですが、これがアカクミだとすると、合点がいきます。穀物と言ってもお米が主ですから、お米の袋にこのスコップを突っ込んで使うのは、ちょっと大きすぎます。


長さ33センチ、幅22センチありますが、立てると場所を取りません。船しか交通手段のなかったマルディの町で、これはアカクミだったと考える方がすっきりするような気がします。

マルディは当時、さらに上流の村々へと向かう船の、船着き場としてにぎわっていました。船着き場からは、出発を知らせる汽笛の、大きな音がしょっちゅう聞こえていました。
ミリからマルディまでは、屋根と窓つきの、真ん中が通路で両側に二人ずつ座れる、お手洗いもついたスピードボートが行き来していますが、その先は、二人ずつ腰かけて、一応テント地の屋根はついているけれど、お陽さまも雨も容赦なく入ってくる、しぶきもかかるロングボートが、各方面、各支流へと走っていました。


今となっては、誰かにたずねようがありません。
この25年で、私たちの生活も変わったかもしれませんが、サラワクの人たちの生活は、激変しました。
サラワクの人々も、かつては木の舟とともに、手づくりのアカクミを使ったかもしれません。
でも、私が見たときは、小さな船も後部にエンジンを搭載した工場製品ばかりで、ついぞ木の舟は見ませんでした。






 

2016年6月18日土曜日

終わりよければ、すべてよし!

夫が、窓として嵌めるガラスを、ネットで注文しました。近所のガラス屋さんより、ずっと安かったからです。
ところが、届いてみたら、注文通りのガラスですが、サイズが違っていて、嵌まりません。計り間違いです。


私も経験がありますが、角が90度の、四角形のものはほぼ間違えることがありません。夫も、めんどに嵌めたガラスの寸法は、一枚も間違えていません。
ところが、三角形や五角形になると、いきなり難易度が上がります。辺の長さを計っただけでは、たいてい形に狂いが生じるので、複数の対角線で確かめなくてはなりません。しかも内側で狭いところ、足場も悪いところ、尺金は使えないし、内側を計る定規は長すぎて使えないし、コンベックスルールを使って計る以外ありません。
直角ではない場所では何度も失敗した私に計らせてくれたらよかったのに、夫は自分で計って注文していたのでした。


それでも、柱の右の窓は、ガラスの高さがちょっと高いだけだったので、下に溝を彫って落とし込み、めでたく嵌めることができました。
これは、ガラスに丸い持ち手をくっつけて嵌めている写真、右は夫の脚です。


コンクリート柱の右側の窓は、ガラスがうまく収まりました。
ところが、柱の左のガラスは、上の三角形になった部分の、角度そのものが違っていました。見積もりを取ったのに注文しなかった近所のガラス屋さんに、その部分を切ってもらうというわけにはいきません。
夫は自分で何とかしようと、ダイアモンドカッターを取り出して、別のガラスで試してみましたが、厚みがありすぎるのか、線を引いた部分をペンチで引っ張っても不定形に割れて、きれいには仕上がりそうにありません。
「ホームセンターに持って行ったら切ってくれるんじゃない?」
「そうだなぁ」
というわけで、さっそく行ってみました。
すると、
「持ち込みは受けていませんよ。だって、もし割れたら、代わりを提供することができないでしょう?」
とつれない対応、もっともなお話です。

「どうしよう?」
途方に暮れていないで、何とかしなくてはなりません。
ホームセンターの近くの交番を訪ねて、そのあたりのガラス屋さんを訊き出して、国道からちょっとそれた商店街に行ってみました。
ところが、あたりにガラス屋さんは見当たりません。お菓子屋さんでたずねると、前は二軒あったガラス屋さんは、もう両方とも店をたたんでしまったとのことでした。

そのお菓子屋さんに並んでいる和菓子は、どれも美味しそうでした。
豆大福を買うと、豆たっぷりで塩味が効いていて、とっても美味でした。店内を見回すと、生菓子以外も素敵な品揃えで、季節のアジサイの形に、青っぽい金平糖を包んだものがあったり、あまり見かけないゼリービーンズも並んでいたりしました。


そこで、買ってきたのが、猫のチャイナマーブルです。


いやぁ、かわいいねぇ。


しかも、右下にいるのは、猫のふりした豹です。
これから、ホームセンターに行くたびに、この和菓子屋さんに寄りたくなりました。

ところで、問題の寸法が違ったガラスは、国道ひ戻ってすぐに見かけた、車のガラス屋さんで、500円でめでたく切ってもらうことができました。
「超ラッキーだったね。無駄足にもならなかったし」
「いやぁ、思う心が強くて、かなったということだろうよ」
「そうかなぁ」

素敵な和菓子屋さんを知ったし、ガラスは切ってもらえたし、めでたし、めでたしの半日でした。





 

2016年6月17日金曜日

ヨーグルト

あれは、1997年ごろだったと思います。 埼玉の友人Kさんの家に遊びに行ったおり、おやつの時間に、大きなインスタントコーヒーの空き瓶に入った白いものが出されました。
Kさんの家は大きな有機農家で、いつも数人の長期研修生や、 短期研修性がいて、長期研修生徒は寝食を共にしていました。
そのときも、全部で十人近くいたでしょうか。

インスタントコーヒーの空き瓶に入った白いものは、ヨーグルトでした。
少量残して牛乳を足し、温かい場所に置いておくと、またヨーグルトになります。Kさんの知人が、タネを中央アジアから持って帰ってきたというもので、私も小瓶をいただいてきて、以後、家でつくるようになりました。それまで、家庭でヨーグルトをつくりたいと思ったら、専用の容器や種を買ってつくる以外、つくれませんでした。
この、牛乳でつくれるヨーグルトは、それから数年もしないうちに、「カスピ海ヨーグルト」として一世を風靡しました。

私のヨーグルトづくりは、カンボジアへの赴任で中断しました。
三年間の赴任から帰ってまもない2001年の暮れ、元同僚のゆうこさんが、事務所で小さいビンを見せて、
「ヨーグルトがいる?」
と訊きました。もちろん、一も二もなくいただきました。
「Tさんにもらったんだけど、じつはあまりうまく固まらないの」
その横で、Tさんも笑っていました。

数年後、我が家にゆうこさんが遊びに来たとき、朝食にヨーグルトを出しました。
「えっ、あのときのヨーグルトをまだつくっているの?しかもちゃんと固まっているじゃない!」
そう、それからずっとつくり続けていたのでした。


朝、私たちと犬猫の分を取り分け、ビンにに四分の一から五分の一ほど残し、それに牛乳を足してよくかき混ぜ、今の季節なら調理台の上に置いておくと、夕方にはヨーグルトができあがります。
 

下の方が固まってきたら、それ以上発酵が進まないように冷蔵庫に入れておくだけの手間いらず、真夏はもっと短時間でできるので、うっかり冷蔵庫にしまい忘れると、分離してしまいます。
もっとも、分離したら水を捨て、新しく牛乳を加えておくと、またいつも通りにヨーグルトがつくれます。

いつぞや、母もヨーグルトをつくっていたことがありました。
仙台にいる妹にタネをもらったとのこと、
「言ってくれればよかったのに」
もっとも、私が勧めても、頑固な母はその気にならなかったかもしれません。妹の勧めはタイミングが合ったのでしょう。
母の作り方は、妹直伝かダイナミックで、一人暮らしなのに、牛乳パックにいっぱいつくり、たくさんつくるからたくさん食べていました。
「小さなビンにつくる方が楽よ」
と言っても、聞く耳も持ちません。
その後、
「ちいちゃんに、まだヨーグルトをつくっているのかとびっくりされた」
と言っていたことがあったので、二、三年つくっていたかもしれません。
妹はとっくにやめていたのです。
やがて、母もつくりすぎて、飽きて、やめてしまいました。


私はと言えば、中断はありましたが、二十年もつくっています。
その間、たくさんの人にタネを分けてあげました。その人たちが続けているか、とっくにやめてしまったか知りませんが、やめた人の方が多いかもしれません。
一番喜んでくれたのは、日本人と結婚しているハンガリー人でした。
「小さいころ食べた味。こんなヨーグルトが欲しかった」
と持ち帰りましたが、数年後に会ったとき、ヨーグルトは本当に嬉しかった、毎日つくっていると話していました。

以前は、ジャムや果物と食べていましたが、日本でも美味しいシリアルが流通するようになったので、目下シリアルと一緒に食べています。





2016年6月16日木曜日

飯籠


飯籠です。
お櫃に入れておくとご飯が蒸れて傷んでしまうような夏の暑い日に、この籠に入れて、風の通るところにつるして置くと、美味しく食べられます。
地域によっていろいろな形の飯籠があり、冷蔵庫もクーラーもない時代は、家庭の必需品でした。


もう一回り小さい飯籠もあります。


蓋を開けた、内側の様子です。


なんちゃって、じつはこの飯籠はこんなに小さいのです。
竹ひごは、髪の毛くらいの太さしかありません。


細いひごで丁寧に編まれていて、縁巻きもとってもきれいです。
この籠をヤフーオークションで見つけたとき、珍しく終了時間までねばって、競ってしまいました。


私の持っているミニチュアの籠の中で、ひごが最も細い、タイの魚具たちと比べてみました。
飯籠のひごの方が、漁具のひごより細いのがわかります。


ひごが細ければいいというものではないし、籠が小さければいいというものでもありません。むしろ、あまり小さいよりは、ちょっと大きめの方が存在感があります。
でも、細いひごを削る技術、ひごを折らずに籠を編む技術を考えると、確かな腕を持っていなければ、小さな籠はできっこありません。
どんな籠師さんがつくったものなのか、意欲的な若い人だったのか、それとも手慣れたお年寄りだったのか、タイムスリップして仕事場を訪ねてみたい気持ちでいっぱいです。

一番後ろは、持ち手も引っ張れば抜けてしまう、飾り用の日本の籠、その前の持ち手の上に輪がついているのは、タイに渡った福建人一世たちがつくった籠、その手前右は、フィリピンの籠です。
  

実物の飯籠(ご飯じょけ)の蓋と、大きさを比べてみました。

この小さな飯籠は、お雛飾り用のかまどのある小さな台所に、水がめやすり鉢、まな板や包丁などと一緒に飾る籠だったのでしょうか?そうだったら、どんなにかわいかったことでしょう。
お雛さまの道具としては、箪笥・長持ちより、台所道具の方に惹かれます。







2016年6月15日水曜日

サンタが家にやってきた

ブログ友だちのBlue moonさんは、オーストラリアに住んでいらっしゃいます。
ひょんなことから名前や住所がわかり合い、このたび、我が家の二十世紀末記念の招き猫が、里子にもらわれていくことになりました。


そのやり取りのなかで、招き猫が旅立つ前に、サンタクロースのマトリョーシカが、オーストラリアからはるばる我が家にやってきました。
 

私の持っているサンタクロースのマトリョーシカは中国製ですが、これも中国製です。
アメリカやオーストラリアでは、クリスマスやイースターの季節に、大々的に中国製のマトリョーシカが売り出されるようです。
日本でも、普段はマトリョーシカを扱っていない雑貨屋さんなどで、クリスマスは時に売られるのは、たいてい中国製のマトリョーシカです。

ロシア モノ・コト図鑑より

ロシアでつくられるクリスマスのマトリョーシカは、伝統的なジェド・マロース(サンタクロース)、雪娘(スネグーラチカ)、に雪だるまなどの組み合わせが多くて絵画的ですが、中国のクリスマス・マトリョーシカは、もっと自由で装飾的です。
クリスマスやイースターは、中国のマトリョーシカ業界にとって、かきいれどきなのかもしれません。


いただいたマトリョーシカの一番大きいのは、サンタクロースですが、その次のケーキを持っているのは、おじいちゃんというよりおばあちゃんのよう、サンタクロースのお連れ合いでしょうか?
一番小さいのは、プレゼントを待っている男の子です。


そして、赤鼻のトナカイとペンギン。


オーストラリアのクリスマスは、南半球なので、暑い季節に迎えます。
私は、タイやカンボジアで何度か暑いクリスマスやお正月を迎えたことがありますが、あまり祝う気分ではなかったことを思い出して、オーストラリアのクリスマスはどんなものかと思っていました。
いつだったか雑誌か新聞で、オーストラリアの裸のサンタさんが、海水パンツをはいて水上ボート(?)に乗っている写真などを見たことがあります。

Blue moonさんからの最近のメールでは、通りがかりに入ったお店の壁にサンタがついた黒板が掛けてあって、「クリスマスまで194日」と書いてあったそうです。
また、「Christmas in July」という遊びがあって、7月に、クリスマスメニューを出すレストランがあるとか、なかなか、腐心しているようです。

オーストラリアは今、冬に向かっていて、寒いそうです。









2016年6月14日火曜日

猫軍手

ヤマト運輸のメンバーとして登録すると、荷物を発送したり受け取ったりするたびに、ポイントをためることができます。
いつもは、ミニカーをもらっていますが、しばらく前には、もともとは従業員用につくったという軍手をもらってみました。


女性用の軍手はピンク、男性用の、ちょっと大きいサイズの軍手は若草色です。


掌側は滑り止めに、猫の足跡がいっぱいです。


軍手は必需品、毎日使っていますが、これを使うのはちょっともったいないなぁ。
 

というわけで、ヤマト運輸のクロネコやシロネコとともに、飾り棚に収めています。