2022年6月21日火曜日

夕陽


昨日、夕方ちょっと出かけようと車に乗って前を見たら、作業棟の窓に夕陽が映っていました。
我が家から見える夕陽は、加波山の北から筑波山の南まで、沈む地点を季節によって大きく動かしますが、夏至の前日の昨日は、もっとも北に落ちていました。


明日からは、急ぎ足で左へ左へとずれていきます。
夏至の今日はちょっと曇っていて、残念ながら美しい夕焼けは見えませんでした。



2022年6月20日月曜日

可愛いオースティン


車検に出していた車を取りにいつもの車屋さんに行ってみると、前は奥の車庫に入れていたオースティンが、道路わきに展示してありました。


ドアが観音開きになる、もとはロンドンのタクシーだったもの、大きいけれど可愛い姿をしています。


前は600万円だったものが、値下げされていました。
メカに詳しくなければ乗りこなせないだろうし、車マニアでも元タクシーは欲しがらないのか、可愛いオースティンはなかなか売れないものと見ました。


しかし、オースティンは、お店に並んでいるフェラーリとかランボルギーニに比べれば、安いものです。


ランボルギーニなどは4000万円、5000万円していますが、どんどん入れ替わっているので、売れているようです。こんな車体の低い車を、舗装されているとはいえ、一般道路で走らせるのかと思うと、他人事ながら肝が冷えます。もっとも、車体は上げたり下げたり、少しだけならできるそうです。

車屋さんがただであげると言っても(言わないけれど)、フェラーリとかハマーとか欲しくありませんが、オースティンのタクシーならどうでしょう?車は飾っておくためではなく走らせるもの、やっぱり要らないでしょうね。


私が映り込んでいてはっきりわかりませんが、タクシーの中もおしゃれです。
オースティンタクシーのミニカーだったら、一も二もなく欲しいですが。


と検索したら、プラモデルを売っていました。
プラモデルも無理無理、つくる時間も腕もありません。






 

2022年6月19日日曜日

多摩の背負子


骨董市のまことさんの店先です。
骨董市に、MちゃんとMちゃんちの犬のトビと一緒に行ったのですが、日本人は犬連れの人には気軽に声をかけるということを発見しました。
トビはたくさんの人から声をかけられました。アメリカやタイだと、赤ん坊や幼児連れにも犬連れと同じほど声をかけられるだろうけれど、赤ん坊や幼児ではこうはならないのが日本です。
話が逸れました。



さて、珍しく大物購入です。
丁寧に編まれた背負子、茨城のあたりのものではありません。どこのものだろう?
フナコレタロさんがブログ、『うちのガラクタ』で背負子を特集していたはずと見ると、よく似た籠を見つけました。

『うちのガラクタ』より

右下の籠(09)です。
これらの籠は武蔵野美術大学の民俗資料室の収蔵品ですが、09は、ヤマカゴと呼ばれるもので、東京都西多摩郡五日市町でつくられたもの、山仕事や芋の収穫などに使ったものだそうです。
これとは別に、フナコレタロさんが拝島(東京都昭島市)で見たという背負子も同じ系統に見えたので、東京の多摩地域でつくられ、使われていたスタイルと思われます。
この籠を持っていた、玩古さんのおやじさんは、
「埼玉で仕入れたんだけど、どこのものかはわからない」
と言っていました。


この背負子が、『うちのガラクタ』に紹介されていた背負子と違うところは、力竹(太い竹)を縁から内側に回して針金で留めて、縁が抜けないように丈夫につくっているところです。こうしておけば重いものを入れても、肩紐をかけている縁が抜けてしまうことはありません。


そして、その力竹をしっかり固定するために、籠の上の方と下に水平に竹を回して、ラタンできれいに留めています。


縁は、竹を幾重にも巻いて、頑丈にしています。

竹をふんだんに使っていて、高さ56センチ、長径43センチとかなり大きい背負子なので、持つとずっしりと重く、これでは使うには重すぎないかと思いました。
ところが背負ってみると背負いやすい。手に持ったときよりずっと軽く感じる、とてもよくできた背負子でした。


「邪魔になりそうだけど、いただくわ」
と言ったら、玩古さんの親父さんが、
「邪魔になるだろうな」
と笑っていました。


玄関に立って上を見ると、おっ、詰めればもう一つ背負子をぶら下げることができそうです。
ちなみにお値段は、3000円でした。




 

2022年6月18日土曜日

温々へ

隣のM+MのMちゃんに誘われて、MちゃんとYちゃんと一緒に、さいたま市のカフェ&ギャラリーの温々(ぬくぬく)に行ってきました。
下隣のKさんが、ここで木工展をやっていたのです。


看板などの立ち並ぶ、雑然とした国道16号線からわき道にそれることほんの少し、そこの周りだけ田んぼが広がる中に、温々は魔法のように出現します。


温々には、ずいぶん前に一度だけ、やはりKさんの木工展を観に行ったことがありましたが、以後、夫が遠いからと行きたがらず、一人で行くには確かに遠すぎ、Kさんの展示会があっても、Kuskusさんの展示会があっても行くことはなく、長く足が遠のいていました。
行きは高速道路を使わなかったので3時間もかかってしまいましたが、3人でわいわいと行ったので、長いドライブだなぁとは思いましたが、退屈はしませんでした。


古い納屋を改築してつくられた温々の、土壁の展示スペースには、四角い鉄パイプが埋め込まれていて、これに木の棒を挿して、板を渡して展示台としていました。ギャラリーは、時には絵だったり、時には大小の器だったりと形の違うものを展示するため、様様な工夫がなされています。


それにしてもKさんのお皿や蓋ものは、力作揃い、電球の傘や椅子などの大作もありました。



お昼に、カフェでいただいたタコライス丼、長い旅路でお腹が空いていたのに、珍しく忘れずに写真に撮ることができました。
昼時を過ぎても、食事にくるお客さんたちが、ひっきりなしでした。






2022年6月17日金曜日

太宰治全集

4月に、孫のはなちゃんが中学生になるタイミングで、息子一家が越してきました。
住む家がまだ完成してないので、一家は、古いプレハブの仮設ゲストハウスに寝起きして、作業棟の2階の洗面所で顔を洗ったり、母屋で宿題をしたりしています。
作業棟の2階にも眠ることのできる部屋があるのですが、吊り戸のガラス窓の下など、あちこちに隙間があるため、カマドウマやゴキブリが自由に出入りし、室内で我がもの顔に暮らしているので、はなちゃんとはなちゃんの母は、それらを見つけるたびに大騒ぎをしていて、古い仮設ゲストハウスの方がまだましなようです。

4月の、まだ中学校へ行き始めて間もないころ、はなちゃんから読書の課題が出たのに本を東京から持って来てないから、何かおもしろい本を持っていないかと訊かれました。
精霊の守り人』と『大きな森の小さな家』を勧めたのですが、漫画は読んでも(いまどきの子どもは漫画も読まないらしい)あまり物語を読む習慣のなかったはなちゃんは、『大きな森の小さな家』の方をちょっと読んだけで、そのままになっていました。
先日、また読書の課題が出たのか、両親と本屋に行って、江戸川乱歩の『少年探偵団』を買ってもらってきました。
その『少年探偵団』を買ってきた日、太宰治の『人間失格』も読んでみたいと、はなちゃんが父親に話していました。
「何で『人間失格』?『人間失格』より、『走れメロス』の方が面白いだろう?」
と、これまた、読書はあまりしない次男が、そんなことを言っています。
「おばあちゃんが『人間失格』は持っているから、それを読んでみたら?」
と声をかけると、
「見せて、見せて」
とせかされて、本棚の裏に入れていた太宰治全集を引っ張り出してきました。


太宰治全集は、お小遣いをためて学生時代に神保町の古書店で買ったもの、学生時代にも読みましたが、ガーナに持って行ったので、全巻、隅から隅まで読んだものです。
ガーナのクマシは、当時は町にレストランは、レバノン人がやっている店が1軒だけしかないようなところだったので、週に1度くらい市場に行くだけ、ほぼ家にいる状態だったので、持って行った本は、全部読みました。
太宰治全集のほかには、高校時代に買った福田恒存訳のシエクスピアの戯曲などを持って行っていて、自分が持って行った本を読み尽すと、60年安保世代の夫が持っていた、毛沢東の『矛盾論』や『実践論』、そして『トロツキーの生涯』や『エンクルマの自伝』など、ガーナに行かなければ読むこともなかったであろう本まで、手あたり次第読んだものでした。
それにしても、こんなに重い全集を神田で買って家まで持って帰ったことにも、段ボール箱などなくて、荷物を送ることがたいへんだったガーナにまで持って行ったことにも、我ながら驚いてしまいます。

「ダメ、漢字が読めない」
はなちゃんは、すぐに本を返してよこしました。


そうか、この本は、旧仮名遣いで書かれていたのです。
私は旧仮名遣いを習ったことはありませんが、書くことはできなくても読むことはできます。小さいころ家にあった本が、戦死した叔父の遺した旧仮名遣いのものばかりで、ほかに読むものがあまりなかったからでしょうか。


これを機に、全集を取り出して埃を払ってみると、「太宰治研究」まであるのに、第2巻から12巻までで、第1巻が失われています。揃えて置いてないということは、本棚ができて本を置いたときから、すでに見えなかったものと思われます。


奥付を見ると、筑摩書房から昭和31年(1956年)に発行されたものでした。
引っ越しでは、大きくてどこにも紛れ込みそうにないものがいくつか失われています。





2022年6月16日木曜日

台所回り


今日は珍しく天気予報が大きく外れました。
晴れもしなかったし、気温も上がりませんでした。


台所に、しばらく前に夫が、レンジフードを取りつけました。


台所の床はずっと後回しにしていましたが、上下水管、ガス管など、床下の配管が終わったので張りました。
壁の中ほどには、塗り壁の下地であるラスカットを張っていて、この上にモルタルを薄く塗って、タイルを張ります。
そしてその上、合板を張ってあるところには、吊戸棚をつくります。


調理台はもう届いていて、右手前に見えていますが、それらがここに並びます。
台所の左の壁には、アクアレイヤーをモニタリングするための機器を設置します。
床下のどの場所でどのくらいの温度になっているか、それをモニタリングするということで、前田さん父娘の会社イゼナから、アクアレイヤーは、じつは無償で提供していただいたのです。


電気に弱い私にはさっぱりわかりませんが、細いコードが床下の各所からつながって、ここに集まっています。



アクアレイヤーのモニターの上にはコンセントがきますが、その上にそよ風のモニターと給湯機のスイッチもくるようです。





 

2022年6月15日水曜日

蔵元


お隣のM+MのMちゃんから、伊丹土産を貰いました。
伊丹はMちゃんの故郷、高齢のお父上が一人で暮らしていらっしゃるので、Mちゃんは年に何回も、伊丹に出かけます。


伊丹は空港のある町とは知っていましたが、どのあたりにあるかも知らない、それがどんな町なのか、考えたこともありませんでした。地図を見ると伊丹市は兵庫県、
「えっ大阪じゃないの?」
そんな、初歩的なことさえも知りませんでした。
そして、Mちゃんから酒蒸し饅頭とか酒粕とかを伊丹土産としてもらうようになって、初めて伊丹が、かつて(今でも?)酒蔵のいっぱいあったところだと知りました。


「蔵元」は直径が11センチほどの焼き菓子、


割ってみると、小豆餡の周りを白いものが覆っています。
「白いものは何?」
材料を見ると、餡の材料らしいものとして手亡豆と書いてあります。
「手亡豆って何?」
手亡豆(てぼうまめ)は白いんげんのこと、支柱にする手竹(てだけ)が必要ないことから、「手亡」の名前がついたとされているそうで、我が家にもありました

お菓子の名前は、蔵元なので、生地に酒粕が入っているのかと思いましたがそうではないらしい、酒樽を上から見た形につくってあるのだそうです。
蔵元、美味でした。


写真は、台所に掛かっている、日本の豆いろいろの額です。