2010年8月17日火曜日

高膳



タイの北部では、古くから手工芸が発達して、一大文化(ランナー文化)を築きました。
これは、轆轤で引いた木に足をつけ、漆を塗った、高膳です。

直径40センチ、お膳になり、小テーブルになり、仏教儀礼のとき、いろいろなお供え物を乗せてもいいし、多目的に使えます。




ラオスには竹で編んだちゃぶ台がありました。ランナーにも、見事な籃胎(竹を編んだ上に漆を塗る)がありますし、竹細工もいろいろありますが、高膳やたかつきと言えば、圧倒的に木のものでしょう。
私は細々したものを乗せて、飾って楽しんでいます。




カンボジアにも高膳があります。ラオスのちゃぶ台ほどは大きくないけれど、ランナーのものより一回り大きいのが、一般的なサイズです。
たぶん、漆ではない、黒い植物性の塗料を塗って、縁には補強用のラタンを貼ってあります。典型的なカンボジア・スタイルです。




補強用のラタンには模様を彫り、塗料を塗りこんで装飾にしています。

2010年8月16日月曜日

台所道具 麺棒編



クッキーもパイも長い間つくっていません。餃子にいたっては、最近は冷凍品ですませています。
どうも、生活は易きに流れてしまうようです。というわけで、麺棒の出番はすっかり減りました。

右の二本はお菓子用のローリング・ピンです。赤い柄の方は私の古いものです。息子たちが小さかったころは、お菓子もパンも焼いていたので、毎週のように出番があったものです。
小さい方は、夫の母が持っていたローリング・ピンです。晩年、彼女の人生としては初めてのガス・オーブンを手に入れたので、お菓子を焼こうと張り切って買ったものの、ほとんど使わなかったのでしょう。

左は餃子用の麺棒です。これも、あまり使われた形跡がありません。
そして、色がついているのは、インドのチャパティなどを延ばすためのベルナです。




と、私は思っているのですが、麺棒に彩色する必要はないし、ちょっと短め(30cm)なので、もしかしたら、ベルナではないのかもしれません。




ベルナはもう一本持っていますが、お手洗いのタオル掛けにしています。タオルで隠れてしまうのが残念なのですが、気に入っています。




そして、これはベルナとセットで使うチャクラです。真ん中がへこむほど使い込んだ古いもので、木もぼろぼろです。古過ぎて、チャパティの延ばし台としては使えないので、ガス台の横に置いて、もっぱら鍋敷きとして使っています。
一枚の板から掘り出したもので、足が三本ついています。

2010年8月15日日曜日

合氣神社



国道355線の脇に、「合氣神社」の入り口を示した案内板が立っています。合気道と関係あるのか、ないのか、前からちょっと気になっていた神社でした。

骨董市の帰りに、思い立って合氣神社に寄ってみました。




入り口から約1キロ、高い木立に囲まれて、合氣神社がありました。向かいに「岩間神信合氣修練会」もあり、合気道と深い関係のある神社でした。




合気道の開祖、植芝盛平翁が、武道と農の融合を目指して岩間に来て、1943年に建てた神社だそうです。
合気道は「小よく大を制す」武道ですから、今からでもはじめられるかもしれません。




岩間には、乗越神社も建っています。こちらは、なぜ乗越神社と命名されたかは、謎のままです。

2010年8月14日土曜日

ちりとり



ちりとりは、掃除道具の中でも地味な、たいていは見えないところに隠しておかれる存在です。ハエ叩きと同じくらい、注目されない存在と言えるかもしれません。

プラスティックの、いかにも安っぽいちりとりを家に置くよりは、いっそない方がいいと、新聞のチラシを、ちりとり代わりにしていた時期もありました。そして、気に入ったちりとりを手に入れた今では、隠すより見せたいと、額縁を飾るように、壁に飾っています。

これはアルミの、幅が40センチ以上もある、無骨なちりとりです。Heavy-Dutyという名前のアメリカ製ですが、柄が太くて長いので、名前のとおり、重いゴミでも大丈夫。コンクリートをはつったゴミを掃き集めるとき、大変重宝しました。




狭いところでは使えませんが、それ以外では、頼りになるやつです。




一斗缶の廃物利用のちりとりです。骨董市で見つけました。隣のくみさんが、「わぁ、懐かしい。学校で使っていたのと同じだ」と言っていましたから、一時期、広く使われていたのかもしれません。




立ててみると、一斗缶だったことがよくわかります。切り取った縁は、両側に竹を添えて、針金で丁寧に押さえてあります。




カンボジア製の厚いブリキのちりとりは、頑丈そのものです。ときには、大工仕事のときの工具入れになったりしながら、役立っています。丁寧な手仕事で、プノンペンのブリキ屋さんを思い出しながら、使っています。


2010年8月13日金曜日

高砂百合



真鶴のMさんからいただいたタカサゴユリが、長い蕾時代を過ごした後、やっと開きました。
この季節になると、生垣のわきとか、農家の濡れ縁の前とか、思いがけないところにタカサゴユリを見つけて、嬉しくなります。好きな方が、案外たくさんいらっしゃるのでしょうか。
それにしても、昔からあったユリはあまり見なくなりました。全盛を誇っているのは、カサブランカなど、洋種の華やかなユリばかりです。

私は、一本の茎に一つとか、二つの花が咲くのが好きですが、




今年は一本で、14個も蕾をつけている茎もあります。
咲いたら、どんな感じになるのでしょうか?

2010年8月11日水曜日

単管のスケルトン



ビニールハウスの仮小屋は、少しずつ、解体が進みました。これは昨日の様子。




そして今朝、とうとう骨だけになりました。




ときどき、手伝いに来てくれるKさんも加えて三人、暑い中、骨もずいぶん分解しました。
更地まで、あと一息です。

2010年8月10日火曜日

猫と鈴



猫用の首輪を買おうとペットショップを訪れると、どの首輪にも鈴がついています。あの首輪、どなたも、鈴のついたまま、使用しているのでしょうか?

我が家のトラは、ネズミや、雀などを獲ってくる、名ハンターです。でも、鈴がついていたら、狩りは難しそうです。狩りはしないに猫だとしても、どこに行っても、寝返りを打っても、ちりんちりんと鳴っているなんて、私が猫だったら、「やめてくれ~ぇ」と叫びそうです。
というわけで、我が家では、トラの首輪を新調したときは、必ず鈴を取り外します。

招き猫には、ほとんど鈴がついています。鈴を描いている招き猫だけでなく、本当の鈴をぶら下げている招き猫も少なくありません。猫と鈴は、いつ、どうやって結びつけられたのか、考えてみると不思議です。どんな背景があったのでしょうか?

身体の割りに大きな顔の、いわゆる常滑系の招き猫が、小判を抱えるようになったのは戦後ですが、小判を抱えた猫たちは、たいてい、首から鈴をぶら下げています。




そして、小判を抱えていない常滑系の招き猫(今もつくられています)は、首から鈴ではなくて、小判をぶら下げています。
高さが30センチもあるような大きな招き猫の小判には、よく「福寿」と書かれています。




小さい猫は、ただ「福」と書かれた小判をぶら下げています。




「大福」と書かれた小判をぶら下げた招き猫もいます。

常滑系の、小判を抱えていない招き猫で、首から鈴だけをぶら下げている招き猫は、案外少ないものでした。
我が家には、一番上の写真の一匹いるだけです。