2026年1月19日月曜日

冬の猫


ヒトがお風呂に入っているときも、お風呂のお湯や水を抜いたときも、蓋1枚だけは猫の席として残しておくのが、我が家の常識となっています。
猫は、風呂おけに水を張っているとき、縁に踏ん張って水を飲んでいるだけでなく、手で水をすくっては口元に持って行って舐めていたり、ヒトがお湯に入っているとき、蓋の上に座り込んでお湯に手を入れて温まっていたりと、目を見張る行動に出ることもあります。尻尾がお湯に浸かっているのなどは気にしていません。


あっ、2匹で舐めあっています。仲良きことは美しきかな。
タマがマルの毛を舐めていることはよくあるのですが、これまでマルがタマの毛を舐めているのを見たことがありませんでした。

昨日は、お昼ご飯を食べていると、なにやら足元が騒がしくなりました。
見ると、タマが大きな鳥を捕まえてきていました。


引き離したとき、ムクドリはもうこと切れていていました。
羽があるのに、どうしてやられたの? ネズミなら理解できますが、どうして鳥が捕られてしまうのか、ときおりやられてしまいます。

最近は、明るいうちはキルティングをしている毎日ですが、テーブルからキルトの端が垂れていると、その陰に猫が包まってしまうので、垂れないようにテーブルの上にたくし上げて、作業しています。


ところが、席を外して戻ってくると、乗っ取られていることがあります。


「それが何か問題でも?」








2026年1月18日日曜日

ヨーロッパの馬


ヨーロッパの馬と言えば、スウェーデンのダーラナホース(ダーラナへスト)を思い浮かべてしまいます。

『Folk-toys Les jouets populaires』より

ダーラナホースは、18世紀の初め頃、木こりの人たちが仕事が終わった後に遊び半分につくった木彫りの馬がはじまりと言われています。
スウェーデンの冬は日照時間が短いので、木こりたちは仕事を早くに終えざるを得ません。長い夜をストーブの前に座って雑談をしながら、材木の切れ端を手に取り、小刀1本で木彫りの馬をつくりました。やがて、行商人によって木彫りの馬は全国に売り歩かれるようになり、子どものおもちゃとして定着し、通年を通してつくる人も出てきて、ダーラナ地方の名産品となりました。
そして、1939年に「ニューヨーク万国博覧会」に巨大な木馬が出品されたことで、一躍、世界的に知られることとなりました。

『Folk-toys Les jouets populaires』より

古い馬のおもちゃと言えば、エジプト(ヨーロッパの隣だけど)では紀元前500年にはすでに木でおもちゃの馬がつくられていました(Alexandria博物館収蔵)。

Klatovy博物館収蔵の中世の馬(『Folk-toys Les jouets populaires』より)

そして、古代から中世にかけて、ヨーロッパの各地で、木彫りや土の素焼きの、いろいろな馬がつくられました。

『Folk-toys Les jouets populaires』より

『Folk-toys Les jouets populaires』には、フサールもたくさん掲載されています。
フサールとは、近世ヨーロッパの軽騎兵の一種で、ハンガリー起源
の華麗な衣装と勇猛さで知られる兵科です。


ロシアの土の馬。


この馬は1970年代に、ルーマニアの土人形として日本のデパートで手に入れたものですが、今見るとロシアのディムカヴォの馬ではないかと、限りなく疑われます。ロシアからルーマニアに移住された方のつくられたものかもしれませんが、産地を間違えて売られていたのかもしれません。
当時、外国の郷土玩具やおもちゃは、ときおり開かれるデパートの海外物産展くらいでしか目にすることはありませんでした。物産展初日に開店前のデパートに駆けつけると、ほぼ毎回の確率で、仮面ライダーで死神博士を演じていた天本英世さんとお会いしました。
天本さんは、いつも素敵でカラフルな民族衣装を着ていらっしゃいました。


そして、チェコの馬です。






2026年1月17日土曜日

追悼 久米宏さん

1月13日にラジオを聴いているときに、元TBSアナウンサーの久米宏さんの訃報が流れました。


その日の文化放送、「長野智子アップデート」では、4時半ごろから久米宏さんの「久米宏 ラジオなんですけど」 の初代プロデューサーだった中村健吾さんを急遽招いて、当時のエピソードを放送されました。2020年6月で、久米さんの「ラジオなんですけど」が終わったとき、喪失感が半端なかったのですが、その時のことを思い出さずにはいられませんでした。
「ラジオなんですけど」が終了したときのことを、私はブログで特別に記事にはしていませんが、6月6日の「500円玉貯金」と、7月25日の「煙草入れの籠」のコメント欄で語っていました。

昨日、1月16日のTBSラジオの「荻上チキ セッション」の追悼特集「久米宏さんはニュース番組と、どう向き合ってきたのか」で、7時過ぎから8時近くまで、2017年に久米さんが「セッション」に出演したときの音源を放送されました。中村健吾さんのお話もよかったし、荻上チキさんとのインタビューでは、久しぶりに久米さんの生の声を聴くことができました。

「長野智子アップデート」も、「荻上チキ セッション」もまだ、無料のradiko(ラジコ)で聴くことができますが、TBSのSpotify(スポティファイ)で「久米宏」を検索すると、どちらも聴くことができます。

謹んでご冥福をお祈りします。





2026年1月16日金曜日

中南米の馬


メキシコの馬です。
かつて、世界に馬たちはどのくらいいたのでしょう?
日本には明治期には150万頭(現在は約7万頭)ほどいて、日中戦争に50万頭から60万頭駆り出されたそうです。


ブラジルの馬。


ペルーに行った息子がお土産に買って来てくれたペルーチェスの駒の馬です。
箱の外側がゲーム盤になっています。


さいころが2つついています。
さいころは、アジアで生まれたと思っていた(本があるのだけど、ちょっと見つからない)けれど、AIによると、紀元前のエジプトや4500年前のインダス文明の遺跡からも発掘されているとのこと、さいころはエジプトで発明されたというのが、最新の定説のようです。





 

2026年1月15日木曜日

中国とインドの馬


中国の山東省でつくられたの馬の乗った男の子です。
女の子もいたのですが、2011年3月11日の地震で失われてしまいました。


インドの馬。
左は木の馬で、右は土の馬です。


木の馬は、とても端正な形をしています。
牛も素敵です。


これは、『世界の民芸』の表紙になっているインドの馬です。
この馬について、外村吉之介さんがお書きになっている解説というか、大賛辞を全文引用させていただきます。

 インドのものには、どんなものにも思いがこもっていて、見る者をはなさないものだが、この馬乗り人形もその一つである。
 人と馬との釣り合いは全く破れているし、人には手も足もないのである。人の目も馬の目もやたら大きく、これも不釣り合いである。しかしこの不釣り合いは、計算したデフォルメや趣味の思いつきのものではない。
 人の体は、木いっぱいにあるだけの仕事をしたので、これより大きくはならなかったのだ。それがこもって、小さな体に馬に乗る大きさを出しているのである。大きさは寸法ではなくこもりである。不釣り合いに小さく、三角の胴体をした人間が、手も足もなくて馬を乗り回している大きさは、不思議な魅力である。
 馬も美しい。ことに目がやさしく美しい。世界中の馬の彫刻や絵画や玩具は無数にあるが、目をこんなに大きく、やさしく、美しく現したものを私は知らない。それは馬のやさしさを現したというよりも、人が馬を思うやさしさを現したものなのである。馬は人を得てうれしさにあふれているようである。


外村さんは、ビルマの馬には出逢われなかったのでしょうか? ビルマの馬も大きな目をしています。


 

2026年1月14日水曜日

ビルマの馬

午年を寿いで、遅まきながら馬をUPします。
 


ビルマには、伝統的な操り人形がいろいろありますが、私が持っているのは、木彫りの馬だけです。


馬はなぜか歯を見せていて、脚と首が動きます。


1981年当時、ビルマでは、張り子を授与しているお寺がありました。
写真はマンダレーのお寺の境内で見つけた張り子の馬、糸で吊って売られていました。
結構大きなもので、馬だけでなく、欲張って手に入れた牛、象、犬、女の子などの張り子をぶらさげて、ぶつかったりしないように細心の注意を払いながら、次の目的地のパガンに行き、ラングーンに戻り、バンコクまで持って帰るときは、張り子たちが狭い飛行機の中でかさばって、でも嬉しさいっぱいだったことを思い出します。







2026年1月13日火曜日

餌をついばむ鳥


『中国の玩具』の表紙を飾る「餌をついばむ鶏」のおもちゃの、左側の糸(紐)は鶏の頭とつながっていますが、右の糸はただ台に留めてあるだけです。
これでも、持ち手を回すように揺らすと鶏は餌をついばむはずですが、鶏を(錘を)、持ち手の線上ではなく斜めの位置に据えつけているということは、どんな効果を狙ったものでしょうか?

『Folk-toys Les jouets populaires』より

上の絵は、『Folk-toys Les jouets populaires』の載っていた餌をついばむ鶏(鳥?)、どちらも第一次世界大戦のとき、ロシアの兵隊さんがつくったもの、頭だけでなく尻尾も動きます。
以前、北欧の手工芸品を扱っているネットショップで、フィンランドの兵隊さんがつくったという木工細工を見たことがあります。説明によると、フィンランドでは、家族から離れて戦地に赴いた兵隊さんの心を落ち着かせるために、戦地で工芸教室を開いていたとのことでした。
戦争と、その合間の手仕事という取り合わせにびっくりしたものですが、第一次世界大戦のころは、ロシアの戦団の中にもそんなゆったりした時間が流れていたのでしょうか?

『Folk-toys Les jouets populaires』より

これは、スロバキアでイースターの季節につくられ、売られたものです。
鶏が5羽で丸くなっている餌をついばむ鶏は、ロシアをはじめ、ヨーロッパ諸国でつくられてきた定番の形です。


我が家に半世紀以上生息している、ガーナの餌をついばむ鶏(鳥?)です。
鮮やかな桃色と黄色に塗られていましたが、すっかり色あせてしまいました。当時住んでいたクマシ近郊だったか、あるいはもっと離れた場所だったか覚えていませんが、車で走っていたら路上で男の子が売っていたもの、手作りのおもちゃです。


西アフリカのガーナの村で、なぜ餌をついばむ鶏がつくられたのか、男の子とは言葉が通じ合わなかったので背景は知らずじまいになりました。


これは、てっきり東欧のどこかの国でつくられた餌をついばむ鶏と思っていましたが、日本玩具博物館のホームページを見ると、ポルトガルでつくられたもののようです。
餌をついばむ鶏はヨーロッパ、アジア、アフリカ、中南米と世界中でつくられています(いました)。
そんなおもちゃが、ほかにもあるのかどうか、とても興味深いおもちゃです。


そしてソヴィエト連邦時代につくられた、ロシアの餌をついばむ鶏です。
さすが、餌をついばむ鶏の本場でつくられたもの、ちょっと触っただけで、5羽の鶏が一斉に、軽やかに動きます。