2018年12月25日火曜日

継承された土人形

これまでに集められた土人形を、ネットでもときおり領分している、Tさんのサイトがあります。
ファンも多いらしく、UPされると、わりとすぐに行き先が決まってしまいますが、富山の招き猫がずっと売れ残っていました。珍しいなぁ、招き猫はすぐ売れてしまうのにと思いつつ、時折眺めていましたが、売れていきません。
そこである日、自分で注文してしまいました。
ところが、翌日になっても返信メールもなにもないので、その招き猫を見なおすと「完売御礼!」となっています。さては、すでに売れてしまっていたのか。まっ、それならそれでもいいや、などと思っていたら、その日のうちに荷物が届きました。
「何だろう?」
富山の招き猫でした。返事も寄こさず、お金も払っていないのに、さっさと現物を送ってきたのです。
Tさんは確か90歳を超えていらっしゃるはずです。お元気で素早い対応は、お見事でした。



その、「とやま土人形」の招き猫です。
富山土人形は江戸時代(1800年代半ば)に広瀬家がつくりはじめ、製法を伝授された渡辺家によって、昭和まで受け継がれました。ところが渡辺家では、三代目の渡辺信秀さんには後継者がなく、廃絶の危機に直面していました。
そこで、富山市が協力して、1983年(昭和58年)から人形づくりの受講生を募り、信秀さんを講師として技法を学んで、「とやま土人形伝承会」が結成されました。
1997年に信秀さんは亡くなられましたが、渡辺家に代々受け継がれてきた型や技法などすべては、「とやま土人形伝承会」に受け継がれました。
この招き猫は、渡辺さんの型を使って、「伝承会」の古川圭子さんが制作されたものです。

古川圭子、藤田清枝作

日本招き猫100人展のとやま人形の写真を見ると、渡辺さんの型を使ったものだけでなく、新しい型の招き猫も、いろいろつくられているようです。

上尾の熊手は、後継者がいなくて廃絶の危機を迎えたとき、上尾市は動画を残しました。でも、動画がいったい何になるでしょう。とやま土人形のように、「伝承会」を立ち上げておけば、あのすばらしい熊手のつくり方が伝承されたのにと思うと、返す返すも残念です。

渡辺家の型でつくった、焼く前の招き猫

富山土人形と言えば、若いころの私のイメージは、厠の神さまくらいしかありませんでした。膠(にかわ)が剥げやすい、雑な人形というイメージもありましたが、招き猫の型だけでもこんなにいろいろあったのです。


古い招き猫と比べてみます。


どちらも、富山土人形の特徴、鈴が真横についていますが、


尻尾や、前垂れの紐は違います。

江戸時代には数軒あった窯元も、昭和まで続いたのは渡辺家だけでした。
それでも、今でもときおり、渡辺家以外の型でつくられたらしい土人形も見つかるそうです。「伝承会」の方たちはそんな土人形の型取りをし、復元されたりしています。
この古い招き猫も、渡辺家の型ではなかったのかもしれません。

かつて、土人形はおもちゃの花形の一つでした。お節句に贈り合う雛人形や、信仰と結びついた天神さまなどの需要が高かったのはわかりますが、招き猫の需要も高かったのでしょうか?
招き猫は、ネズミ除けとして、養蚕従事者が求めたのかもしれません。また、親猫に子猫がたくさんくっついている子福招き猫は、子宝祈願としての需要が、とくに高かったのかもしれません。


右の古い招き猫の挙げた手は、手びねりですから、ちょっと特別、左の新しい猫は、もちろん型で形づくった手を挙げています。

「とやま土人形工房」は「富山市民俗民芸村」の中にあり、土人形の販売をしているだけでなく、毎日のように「絵付け体験教室」も開いているようです。
そして、作品として制作される土人形の絵つけには泥絵の具や膠という伝統的なものを使い、体験教室ではアクリル絵の具と、使い分けられてもいるようです。
何はともあれ、継承され、そして新しいものも加えられていくのは、とても素敵なことです。






2018年12月24日月曜日

今年のお餅つき


晴れ男か晴れ女がいるのでしょうか?
この18年、予報がどうであれ、お餅搗きの日はお天気が持ちこたえました。しかも、昨日はいっときは晴れ間も見えたりして、わりと暖かでした。


一時は十人近くいて、駆け回っていた子どもたちは、すでに地球上の別の場所に散り、八郷に残っている子どもたちもサッカーや受験勉強で忙しく、二世世代は高校2年になったRちゃんが参加しただけでした。
というわけで、がんばっているのは、かつての若者たちです。


これまで皆勤だったkuskusさんは、お休みでした。
そのため、リンゴケーキは私がつくったものだけでした。


午前中に11臼(1臼4~4.5キロ)ほど搗いて、出来立てのお餅を中心に宴を張ったのがお昼ごろ、ゆっくり食べて片づけ終わったころ、ぽつりぽつりと振り出しました。


今年は、我が家は久しぶりに餡を入れたお餅もつくりました。
火鉢はないけれど、焼いて食べるのが楽しみです。







2018年12月23日日曜日

リンゴケーキ

年末恒例の、Iさんちでのお餅搗き、昨年はよんどころない事情で、参加することができませんでした。誘っていただいて早18回目、欠席は一回だけ、今年も参加します。
お餅搗きは、みんなが自家用のもち米を持ってきて、臼と杵でついてもらうのですが、一時、若手が年を重ねた分、搗くのは子どもたち世代が力になっていました。
ところが、子どもたち世代が進学などで八郷を離れていなくなり、再び、年を重ねた元若手が中心になってがんばるという構図になっています。

さて、お餅つきが終わった後、搗きたてのお餅やら、持ち寄った料理やらで、みんなで一緒にお昼を食べるのですが、これまでの経験から、作業の合間に手を伸ばして食べられるお菓子や料理が人気、ポテトサラダや煮物のような、お皿も箸も要るものはなかなか手が伸びません。
なかでも、kuskusさんがつくるリンゴケーキは大人気ですが、一昨年はオーブンが壊れたとかで、リンゴケーキはありませんでした。そのオーブンとは、お母上の形見の、ガス台の上に乗せて使うという、時代物のオーブンでした。
さて、昨年はどうだったのでしょう?
kuskusさんは新しいオーブンを手に入れて、今年もまた、定番のリンゴケーキをつくっていらっしゃるのかもしれません。
私は今年、手羽元の煮込みにしようかお菓子にしようか迷った末、kuskusレシピのリンゴケーキをつくることにしました。まぁ、重なってもいいやと思ったのです。
リンゴケーキはこれまで、レシピが簡単なの、手間がかかるのなどいろいろつくってきましたが、kuskusレシピに勝るものがなかなかありません。
今年はその伝授してもらったレシピでつくってみます。


リンゴ4個は皮をむいて薄切りにし、クルミとレーズン合わせて1カップは、刻んでおきます。クルミとレーズンはちょっと多めにして、レーズンは刻みませんでした。
小麦粉200グラムとベーキングパウダー小さじ1杯はふるっておき、ほかに油(私は菜種油を使った)120cc、砂糖80グラム、卵3個、シナモン少々を用意しておきます。


まず、卵を泡立て、砂糖を足し、よく泡立ったらシナモンと油を加え、さらに混ぜます。
 

粉とベーキングパウダーを加えて混ぜた後、リンゴとクルミ、レーズンを入れて混ぜます。
  

混ぜた生地は天板に広げます。
kuskusさんの天板はもっと小さかったから、私はバットを使ってもよかったのですが、前つくったとき、厚みが薄いのは薄いのでおいしかったので、天板を使いました。


広げると、リンゴやナッツが、少ない小麦粉ミックスでかろうじて、からめられている感じです。


170度で45分、おいしそうに焼きあがりました。
これから、お餅搗きに行ってきます。降らないでよかった、気温も高そうです。







2018年12月22日土曜日

赤いろうそく


ザイフェンに注文したろうそくが届きました。
白い教会用、1本30円です。


私が記憶していたより、もっと短いものでした。
これで、風が起きるでしょうか?


さっそく立ててみました。


おぉぉ、回った!


あれっ、すぐ止まってしまいました。


あとは、回らない。


回らない。
でも赤いろうそくになって、クリスマス気分は盛り上がりました。






2018年12月21日金曜日

MYニャン太ブーム

12月のはじめに、日本招猫倶楽部の板東寛司+荒川千尋夫妻のご訪問があったことにより、埋火がかき起こされるように、招き猫の火がちょっとだけ燃えあがりました。
久しぶりにヤフーオークションの招き猫を覗いてみたりしたのです。
ところが、欲しいと思うような猫は手が出るどころの話ではなく、身体に悪いだけ、対象をフジカラーのニャン太だけに絞ってみました。


200円即決、定形外で発送、これなら文句がありません。


「ニャンピカライト」の箱には「おかげさまで25周年、一枚の写真から」とあり、「復刻」の文字もありました。
フジカラーの現像店が町角のどこにでもあった頃、どの店も同じようなフランチャイズ店だと思っていましたが、この「ニャンピカライト」を復刻したパレットプラザは、当時はフジカラーの系列店で、現在では独立した存在の、ネットプリント店(印刷屋)のようです。
というわけで、「おかげさまで25周年、一枚の写真から」は、フジカラーの25周年ではなくて、パレットプラザの25周年なのかもしれません。


だから、1990年代後半(たぶん)に、数ある現像店の中で、店先にニャン太の大きな像が立っていた店だけが、パレットプラザの系列店だったのでしょう。
まったく知りませんでした。
それにしても、大きくしたニャン太のプロポーションは貯金箱サイズのニャン太と全然違います。この大きさで二頭身(二頭身以下)にしたら、頭でっかちで気持ち悪いのかもしれませんが、街角のニャン太は、足や手が大きすぎて、そうかわいくないものでした。


箱を開くとこの耳。


前から持っている、オリジナルのニャン太(右)と比べてみます。
復刻版は心持ち大きくつくられていて、口のあたりもちょっと違います。そして台の文字、当時はパレットプラザを売りにしたいところでしたが、今(といってもいつごろかは不明)はニャン太を売りにしたいのでしょう。


ニャンピカライトは、底に単三の電池を二つ入れ、頭を押すと灯がともりました。そして、頭をもう一度押すと灯が消えます。
  

オリジナルのニャン太は、前の持ち主が電池を入れっぱなしで忘れていたらしく、電池を入れるところが錆びていて使うことができず、ライトかどうかも知りませんでしたが、これで機能が判明です。


さて、季節柄がよいというか、サンタクロース姿のニャン太も、競争者なしで落札しました。
届いたら、段ボール箱がやけに大きくて、開くと箱が二つ入っていました。
?????


サンタクロースニャン太の箱だけでなく、一年生ニャン太の箱まででてきました。
一年生の方をまず開けて見ると、「おまけです。色が剥げています」と書いた紙が入っていました。


わぁ、どうしたのニャン太!
ブレザーの深緑色だけ剥がれ落ち、指でこすっても色が落ちて、落ちた色のかけらが散らばります。


深緑色だけ剥げて、他の色は全く問題ありません。塗るときに、塗料の調合が悪かったのかもしれません。
以前持っていた一年生のニャン太は、3.11で割れてしまいました。
ともあれ、思いがけず一年生のニャン太が戻ってきたのを喜び、色もいずれ塗りなおしてやりましょう。


そして、サンタクロースのニャン太。
こちらも、クリスマスツリーに暗緑色を使っていますが、もちろん剥げたりしていません。


というわけで、MYニャン太ブームは、ニャンピカライト、ニャンタクロース、一ニャン生と、三匹ものニャン太を捕獲して終了しました。






2018年12月20日木曜日

久しぶりの大工仕事

このところ、庭仕事ばかりで、大工仕事ができていません。
久しぶりに大工仕事をやろうと見まわすと、いろんなものが出しっぱなしだし、落ち葉は作業場のあちこちに吹きだまっているしで、結局は片づけから手をつけることになりました。
これでは大工仕事までは到達しないのではないかと思い始めたころ、なんとか片がつき、やれやれ。手始めに作業台をなおしました。


以前、息子にもらった作業台は、屋根の下にしか置いていないのですが、嵐の日など、雨が降り込んで湿ってしまったのか、合板が相当傷んできています。


合板はやはりむくの木にはかないません。


どんな木でなおそうかと探して、水に強いラワンにしました。
ラワンの板は、1970年代初頭に何も考えずに購入して、前住んでいた家の棚の板にしていたものです。
当時、材木屋やホームセンターで売っている板といえばラワンでした。フィリピンの巨大なフタバガキ科の木を日本は伐りまくっていたのです。やがて、フィリピンの原生林がなくなり、伐採の矛先はマレーシアのサラワクに向けられました。
しかし、サラワクのフタバガキ科の木はフィリピンのそれほど巨木ではない(といっても、樹高が60メートルもある木もありましたが)こと、合板技術が進んだことなどから、ほとんどむくの板ではなく、合板にして売られました。


よく考えていなかったとはいえ、そんなフィリピンの熱帯林破壊に加担してしまったラワンの板、粗末にするわけにいきません。
前の家から外してきて、ビニールハウスの仮設作業場の棚板として長く使ってきましたが、それを壊してからは、作業棟の引き出しの枠板などに再々利用しています。仮設作業場時代には雨にも濡れましたが、全然傷んでいません。
その余りがまだ数枚残っていたので、それを使うことにしました。


ペンキも、いつでも削ることができるので、まずはそのまま使ってみることにしました。


できあがりました。
板を無駄にしないように木取りして、幅は二つに割っただけ、長さもちょっとだけ大きくしました。
はじめたとき高かった日が、すっかり傾いていますが、これだけの作業にこんなに時間がかかったのではありません。途中で別のことをしていました。手すりの修理です。


作業台の修理に着手する前、母屋に入ると、居間から食堂に行くところの手すりが壊れていました。
「どうしたの?」
「おれがつまずいてぶつかった」
「えぇぇぇ!大丈夫?」
「おれは大丈夫。ものを持っていて前が見えなかった」
まぁ、大丈夫だというので、夫は大丈夫なのでしょう。
「おい、破片をなくすなよ。ボンドでつけるから」
破片といってもごみのようだし、ボンドでくっつけるなんて考えられません。よく見ると、像の底にビス止めしていた板だけが、ビスがすっぽ抜けて割れていて、ビスが台に残っています。


これだと直すのは簡単です。
まずジャイナ教の像の底に、今までより厚めの板を貼ります。像自体の台の四隅は面を取ってあるので、その四隅の部分を利用して、貼った板を手すりの台にビス止めします。

もともと使った板が薄すぎたのです。厚みが1センチにも満たない板に、ビスは穴を彫ってその中に打ち、釘隠しをしていますから、ビスで止まっていた部分の厚みはわずか5ミリほど、これでは強い力をかければ、薄い板が割れるのも無理がありません。


そもそも、どうして薄い板を使っていたのでしょう?
自分でやったのに、理解できません。できるだけ目立たせたくないと思ったのか、もしかしたら、たまたま手元にあったという理由だけで薄い木を使ったのかもしれません。
今度も、もっと厚い板でもよかったのですが、やはり転がっていた端板を使いました。
それにしても、夫も、像も、台も壊れなかったので、めでたしめでたしでした。







2018年12月19日水曜日

行ったり来たりのカバと猫


先日、カバコレクターのヒポミさんからお菓子が届きました。
カバを見つけて送ったのですが、そのお礼のようでした。


DEMELのお菓子詰め合わせ、わぁ、これってまずいです。
カバは、ここには恥ずかしくて書けないほど安かったので、代金はいらないと書いて送ったのですが、これではカバを餌にしてクッキーを釣ったようなもの、本当に申し訳ないことをしてしまいました。
箱に描かれた猫と目が合って、「これだっ!」と思われたそうです。
「猫ちゃん、まずいよ。目を合わせちゃぁ」


送ったカバはこれです。
以下、ヒポミさんのブログを写します。

春さんから届いた封筒には壮絶な痕跡が残っていた。

ごく普通の封書に、82円の切手が3枚。それぞれ消印が押してあり、宛先不明のゴム印に担当者の印が2つ。

「再差出です」と書かれた青いポストイットが貼られ、封筒には「郵便局へ」と赤丸で囲まれて怒りの伝言が書いてある。

春さんによると、料金不足で戻ってきたことから始まる。厚みがあるとは思えなかったが台紙一枚を抜いて送りなおした。

私の引越し前の住所に送ったので宛先不明で再び戻ってきた。これは自分の間違いだ仕方ない。しかし新住所で再送したらまた戻ってきた。

再度宛先不明になったのを見て、春さんは怒った。「いいかげん意地悪はやめてください。郵便番号1字まちがえていて、宛先不明はないでしょう。頭を使って!」

中身の箱の厚さは8ミリ。厚紙が2ミリだとしたら封筒に入れた状態で11ミリくらいか。定形内の厚さは10ミリまで。郵便番号の1字違いは機械ならはじくだろう。やりとりにもはや人間は介在してなかったのかもしれない。

1か月間行ったり来たり、封筒の中で不安だっただろうカバは無事到着した。中身はカバイラストの歯痛トンプク薬。未開封。お宝感がある。昭和か大正か。

製造販売元の明治薬品株式会社は今も同じ場所にある現役の製薬会社である。住居表示の松富町は今の外神田。

以下外箱に書かれた文字を写します。

「効能は歯痛・頭痛 。内容1包(1.3瓦)中 :フエナゼチン0.2瓦 アセチルサリチル酸0.6瓦 ブロムワレリル尿素0.4瓦 用法用量:大人1回…1包宛・15~8才…2分/1包・ 7~5才…3分1包・4~3才…6分/1包 1日1~2回 清水又は白湯にて服用す・ 注意:劇痛の時にても定められた量を頓服し痛みが一時止り又痛み出す様な時には定められた量の半分を服用するを可とす」

「歯痛トンプク」 4包入り 明治薬品株式会社

春さんから届くカバにはいつも物語がついてきて、忘れられないカバになる。

春さん、貴重なお宝ありがとうございました。


大きいサイズの定型の封筒に入れて1回、小さいサイズの封筒に入れて3回、合計4回も投函してしまいました。


ヒポミさんからのお手紙には、どこにでもカバがついています。
カバとともにある生活です。


メールで、いらぬお心遣いは今後無用と送ったら、「もらいものの猫カレンダーも送りたいのだけど」と言われて、それならとカレンダーまで送っていただきました。


なんと、長さが120センチもあるような大きなカレンダーでした。


猫ちゃんたち、なかなかかわいいのですが、こんな大きな紙が貼れるところ、どこかにあるでしょうか?


2018年に使った紙のカレンダーはたった一種類でした。
でも2019年は何てこと、いただきものやら付録やらで7つにもなってしまっています。
猫のカレンダー2つは、先日我が家に来てくださった、日本一の招き猫コレクターの板東寛司+荒川千尋夫妻からいただいたものです。
カバコレクターはヨーロッパにはたくさんいるそうなので、日本一のヒポミさんが世界一かどうかは知りませんが(1万点以上持っているだろうから、もしかすると世界一?)、板東+荒川夫妻が招き猫コレクターの日本一ということは、招き猫は日本のものですから、世界一でもあることに間違いありません。
10年ほど前に、ご夫妻はすべてを寄付され、それをもとに瀬戸に「招き猫ミュージアム」が設立されましたが、今でも招き猫が静かに手元にも集まっているらしい。おそらくご夫妻のコレクションも、合わせると1万点以上になるのでしょう。


余談ですが(まぁ、考えてみれば全編余談ばかりですが)、2018年の『バムとケロのカレンダー』にはカバがついていて、一年も前から、使い終わったらヒポミさんのコレクションに参加することに決まっていました。
カレンダーの絵は絵本からの抜粋で、ヒポミさんは、絵本はもちろん持っていらっしゃるのですが、カレンダーもまたお仲間になります。